プロの陶芸家にインタビュー~陶芸家 坂本新さん【陶芸を語る】

インタビュー

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笑顔の中に闘志を秘めたラスター彩を巧みに操る新進気鋭の陶芸家

2018年11月20日 018

陶芸家・坂本新(さかもと あらた)さんはまだ30歳と若いが、すでに陶芸家として多くの経験を積んでいる。

高校時代に早くも陶芸に目覚め、瀬戸の窯業学校、イギリスでの短期陶芸修行、沖縄・石垣島での陶工としての経験を経て、茨城県笠間市で現在の陶房を構えた。

彼の笑顔の向こうにある陶芸への想いは、すさまじい迫力さえ感じる。将来の活躍が実に楽しみな作家だ。

陶芸家 坂本新 5つのこだわり

  1. 窯で土を焼くことは、「火の力」すなわち自然に結果をゆだねる行為と心得る
  2. 日常使いのうつわ作りが目標。うつわは器である以上、使われることで価値が出る
  3. 美しい造形美を意識。見た目を大事にする
  4. ラスター彩を極める。光を浴びて乱反射する虹彩を活かす
  5. 時代を代表する陶芸家になり、美術史に名を遺す

陶芸家を目指したきっかけは?

千葉県の船橋市で生まれ、小、中、高と船橋で過ごし、小さい頃から絵を書いたり、ものを作ったりすることが好きな子供でした。

高校は美術に関心があったので、美術工芸科のある東京学館船橋高校を選びました。高校2年のときに陶芸の授業があり、そこで初めて陶芸を体験。

そのときの土を練る感覚や焼くことで柔らかい土が固い陶に劇的に変化する様が面白く、一瞬で陶芸にのめり込んでしまいました。

その後すぐに陶芸部に入部し、卒業後は愛知県瀬戸市の窯業学校に進みました。そのころから将来やきもので生活できればと考え始めました。

坂本新1

陶芸のどんなところに感動したのですか?

やはり土が焼かれることで表情がガラッと変わるところです。

窯で土を焼くということは、最終的には火の力、つまり自然に結果をゆだねるということで、土に込めた自分の創意が一旦すべてクリアーにされます。

そのうえで新たに自然から命が吹き込まれ感じがとても新鮮でした。

金工、木工は最後まで自分で作品を作りあげますが、陶芸は最後は自然に任さざるを得ないところに神秘性を感じました。

高校の陶芸部の顧問だった先生は、京都で修行し信楽焼の焼き締めを作る先生でした。瀬戸窯業学校の専攻科は生徒数が9人で、とても和気あいあいのクラスでした。

ろくろの技術から釉薬の知識など陶芸の基本的な知識・技術はその2年間で学びました。卒業後も瀬戸市内に2年半残り、自分で作陶を続けました。

楽焼が好きで、野焼きのワークショップで楽焼風な陶器も作りました。

私は特に弟子入りをしていないので陶芸の師匠はいませんが、影響を受けた陶芸家として尊敬しているのは、楽焼の初代、楽長次郎さんです。

彼の作った茶碗は素晴らしい。他には、岡部峰雄さんの亀甲青磁が好きです。

2018年11月3日笠間陶と暮らし 231

実用的な器作りと、芸術的な陶器作り、どちらを目指すか?

私はテーブルウェアとして日常使いの器づくりを目指しています。うつわは器である以上、使われてなんぼだと思います。

きれいな絵付けを施された大皿や大壺には違和感があります。飾っておくことが目的なら、皿や壺ではなく、鑑賞用の陶板でよいのではないでしょうか。

器として作った以上は器として使ってもらいたい。私は使われる陶器に関心があります。オブジェとしての陶器も将来は作りたいですが、その時は陶のオブジェとして作りたいです。

まずは陶芸家として仕事、生活を安定させ、そのうえで伝統工芸展などへも応募してみたいです。

将来の夢、目指す方向は?

将来の目標や到達点としては、いつか国立美術館で作品展をやること、もしくは所蔵してもらうか展示してもらうのが夢です。

大きな願望で恐縮ですが、100年後に今の時代を代表する陶芸家として、美術史に名を残せる陶芸家になるのが私の夢です。

陶芸家として分業制の流れ作業でやきものを作っている陶工さんではないので、個性や独創性、こだわりをもってこれからも作陶してゆくつもりです。

自分が納得できる作品を意図して作ってゆきたいと思います。

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